日本におけるはり灸の歴史③

前回は幕末までの歴史でした。

今日は明治以降のお話しです。

明治以降、西洋医学が完全に優位になり、日本の伝統医学は非正統医学とされるようになりました。 この頃、はり灸は主として視覚障害者のための営業資格となります。

昭和になるとお灸治療は 民間療法として普及します。

そして、戦後にさらなるはり灸の存続の最大の危機が訪れます。

GHQによる鍼灸禁止要望です。

消毒設備や認識がなく不衛生!

科学的な根拠がない!

人に鍼を打つ?!火をつけたお灸を肌に乗せる?!なんて野蛮なんだ!禁止にしろ!

という流れになってしまいます…

それを受けて当時の業界の方たちが、いくつかの論文を提出したりして抗議します。

そんな中 なんとあのヘレン・ケラーが 日本のはり灸の存続に関わっていたことご存知でしょうか?

GHQのマッカーサーと交友があったヘレン・ケラーは、彼に直接手紙を書き

「日本の伝統文化であり、盲人の得がたい更生手段としての鍼灸を、理解できないから禁止するようなことは許されない」と諭したそうです。

ヘレン・ケラーを尊敬していたマッカーサーの指示もあり、日本のはり灸は存続の危機を免れることができました。

ヘレン・ケラーのお陰で 今のはり灸があると言っても過言ではないですね!

その後、はり灸業界にとって明るい出来事が起こります。次回お楽しみに

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